空手日記

アクセスカウンタ

help リーダーに追加 RSS 第30回日本空手道研修会全国選手権大会

<<   作成日時 : 2005/11/25 08:28   >>

トラックバック 0 / コメント 0

記念大会
 第30回記念大会と言うことで、精一杯の盛り上げ、選手集めがあり、本会もそれに応じ、赤門道場として14名の参加が出来た。14名とは言え少数精鋭で、ハイレベル競技が展開された。来賓で来られた方々も、そのハイレベルぶりに驚嘆していた。それにしても審判員が低レベルだと言う感想もあったが、これが泣き所と言えよう。

 私は毎年参加しているが、例年の特徴は、小規模で低レベル、年々衰退方向へと言う傾向であった。毎年来ていて都合で来ない来賓の方が何人もいたが、この辺りの理由にもよるのだろう。
 それに対して今年の状況は、選手数は僅少で小規模競技会、しかし、大会派の歴史と伝統で、地方競技会とは異なる雰囲気、そして選手の技術レベルの高いことが特徴だったと言えよう。
 ただ、その内容は、選手を出していない一般男子、一般女子を除いて、全種目の決勝戦は赤門道場の選手が絡んでいて、同士討ちによる決勝戦も多数であった。一強と弱小道場の対抗戦と言う傾向もあった。

 中村会長は、「他流と接する空手競技での勝利こそ、研修会の真価を発揮する場」としているが、会長以外は、金城空手の愛好者の会で勝つ必要はないと言う意見が多いようである。研修会の出番はますます消えて行くのではないだろうか。

戦後空手の第一人者
 第二次大戦後は、空手は、大浜信泉早大総長等の先覚者の努力があって、剣道、柔道に先んじて復興した。昭和21年の韓武館での空手指導から始まり、茨城大学、山梨大学、芝浦工業大学等の空手師範、警視庁機動隊の空手師範等をされた金城先生は、戦後空手の第一人者であり、柔道の石黒敬七氏などと並んで、空手といえば金城と呼ばれた時代もあり、文言春秋等の武術家の座談などでも、空手で登場したのは金城先生であった。
 四大流派と呼ばれる空手が復興したのはそれよりずっと後である。金城先生が浅草で行なった空手興行では、2000人ほどの観客を集めたそうである。

 この競技会の内容等については別に報告する。
また、このブログは現在、画像の掲載が不調となっているので、HTMLで強制的に掲載したが、面倒なので当分写真の掲載は取り止めざるを得ない。(会員写真帳でどうぞ)




設定テーマ

注目テーマ 一覧

月別リンク